静かな、夜だ。
幾重にも折り重なって繁る緑葉の隙間から、白々とした光を放つ下弦の月が覗いている。
夜にしては明るすぎる空の所為か、虫たちも息を潜めているかのようだ。
耳に届く音と云えば、俺の腕の中で小さく身動ぎするものの規則正しい寝息の音だけ。
時々、口をもごもごと動かして、吐息のように微かな呟きを零しながら。
その幼い面差しを覗き込み、酷く間の抜けた面だと思いつつも。
安らかなその寝顔に、何故か面映いような気分になり、ち、と舌打ちをすれば。
密集した木々の隙間の、ぽっかりと開けたその場所に、その音はやけに大きく響いた。
疲れた、と一言漏らした子供がその場に座り込んだのは、一時間ほど前だったろうか。
げぇむに勝利した後、通常空間に戻されて直ぐの事だ。
今回の対撃相手はなかなかの兵で、肉体的にも精神的にも、相当な苦戦を強いられた。
身も心もぼろぼろになった子供を相手に休む間を与えないほど、俺は非情ではない。
珍しく労いの言葉でもかけてやろうかと、潜んでいた陰から身を起こせば。
疲れ果てた子供は座り込んだ姿勢のまま、すやすやと寝息を立てていた。
「…おい、ニィちゃん」
軽く、薄い肩を掴んで揺さぶってみる。
しかし子供は、目を覚ます気配を見せない。
「…おい、」
そっと幼い顔に触れてみても、一向に眠りの淵から帰って来ない。
それほど疲労が激しかったと云う事かと、ひとつ溜息を落とした。
無理矢理起こすのも忍びない。
そうは思ってみたものの、子供が眠るこの場所は、小さな森のようなところだ。
木に寄りかかったまま、地べたの上で眠るのでは、疲れも取れはしないだろう。
少しの逡巡の後、堅い地面よりは幾分かマシだろうと、子供を抱えてやる事にした。
細い身体を持ち上げると、子供は「ぅにゃあ」と猫のような声を上げたが、目覚める事はなく。
胡坐をかいた膝の上に乗せてやれば、そのまま力の抜けた身体を俺に預け、
本格的に寝入ってしまった。
「う、ん、」
見下ろす先から声が上がり、小さな身体がぴく、と動く。
ぎくりと身を竦ませて息を飲めば、腕の中のそれは再び穏やかな寝息を立て始めた。
その様子にもう一度、小さく舌打ちをする。
柄にもなく、親切心を出したのが間違いだったのか。
この腕の中で眠る小さな存在の、僅かな動きまでもを息を詰めて見守る自分が、酷く滑稽に思える。
いつもの俺であったなら、面倒臭くなったと感じたその時点で、こんな子供の事など考えずに
放り出している事だろう。
そもそも、最初からこのような行動には出ていない筈だ。
しかし今の俺は、どうだ。
面倒臭いと感じながらも、この小さな身体を放り出す事ができないでいる。
この身に感じる子供の体温を、手放す事が出来ないでいるのだ。
本来この空の躯が、こんなに僅かな温度を感じ取る事はない。
なのに何故だか、この子供の体温だけは、はっきりと伝わってくる。
空っぽのこの躯に、蟠るように広がる熱は、まるで意識までもを侵食していくかのように。
その熱で、己の全てがじりじりと焦がされていく、そんな感覚。
しかもそれを錯覚だと笑い飛ばせるほどの余裕は、今の俺にはもう無くなってしまっている。
ふ、と短い溜息をひとつ落として、晧々たる月を見上げる。
こんな風に。
何かに縋るような気分になったのは、初めてなのではないか。
この子供をパートナーとして選んだ時には、このような事態になるなんて思いも寄らなかった。
複雑な胸中で子供を見下ろせば、何か良い夢を見ているのだろうか、幸せそうに微笑んでいる。
暢気なもんだな、と思いつつ、そのマヌケ面を眺める俺自身の口元も緩んでいる事に気付き。
誰が見ている訳でもないが、再び面映い気分になり、口元を手で覆った。
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