触れた場所から伝わってくる、その温度。
 空
(うつほ)の躯が、本来なら感じる事は無い、熱。

 

 

 

 

 36℃の灼熱

 

 

 

 

 静かな、夜だ。

 幾重にも折り重なって繁る緑葉の隙間から、白々とした光を放つ下弦の月が覗いている。
 夜にしては明るすぎる空の所為か、虫たちも息を潜めているかのようだ。
 耳に届く音と云えば、俺の腕の中で小さく身動ぎするものの規則正しい寝息の音だけ。
 時々、口をもごもごと動かして、吐息のように微かな呟きを零しながら。
 その幼い面差しを覗き込み、酷く間の抜けた面だと思いつつも。
 安らかなその寝顔に、何故か面映いような気分になり、ち、と舌打ちをすれば。
 密集した木々の隙間の、ぽっかりと開けたその場所に、その音はやけに大きく響いた。

 

 

 疲れた、と一言漏らした子供がその場に座り込んだのは、一時間ほど前だったろうか。
 げぇむに勝利した後、通常空間に戻されて直ぐの事だ。
 今回の対撃相手はなかなかの兵で、肉体的にも精神的にも、相当な苦戦を強いられた。
 身も心もぼろぼろになった子供を相手に休む間を与えないほど、俺は非情ではない。
 珍しく労いの言葉でもかけてやろうかと、潜んでいた陰から身を起こせば。
 疲れ果てた子供は座り込んだ姿勢のまま、すやすやと寝息を立てていた。

 「…おい、ニィちゃん」

 軽く、薄い肩を掴んで揺さぶってみる。
 しかし子供は、目を覚ます気配を見せない。

 「…おい、」

 そっと幼い顔に触れてみても、一向に眠りの淵から帰って来ない。
 それほど疲労が激しかったと云う事かと、ひとつ溜息を落とした。
 無理矢理起こすのも忍びない。
 そうは思ってみたものの、子供が眠るこの場所は、小さな森のようなところだ。
 木に寄りかかったまま、地べたの上で眠るのでは、疲れも取れはしないだろう。
 少しの逡巡の後、堅い地面よりは幾分かマシだろうと、子供を抱えてやる事にした。
 細い身体を持ち上げると、子供は「ぅにゃあ」と猫のような声を上げたが、目覚める事はなく。
 胡坐をかいた膝の上に乗せてやれば、そのまま力の抜けた身体を俺に預け、
 本格的に寝入ってしまった。

 

 

 「う、、」

 見下ろす先から声が上がり、小さな身体がぴく、と動く。
 ぎくりと身を竦ませて息を飲めば、腕の中のそれは再び穏やかな寝息を立て始めた。
 その様子にもう一度、小さく舌打ちをする。
 柄にもなく、親切心を出したのが間違いだったのか。
 この腕の中で眠る小さな存在の、僅かな動きまでもを息を詰めて見守る自分が、酷く滑稽に思える。
 いつもの俺であったなら、面倒臭くなったと感じたその時点で、こんな子供の事など考えずに
 放り出している事だろう。
 そもそも、最初からこのような行動には出ていない筈だ。
 しかし今の俺は、どうだ。
 面倒臭いと感じながらも、この小さな身体を放り出す事ができないでいる。
 この身に感じる子供の体温を、手放す事が出来ないでいるのだ。


 本来この空の躯が、こんなに僅かな温度を感じ取る事はない。
 なのに何故だか、この子供の体温だけは、はっきりと伝わってくる。
 空っぽのこの躯に、蟠るように広がる熱は、まるで意識までもを侵食していくかのように。
 その熱で、己の全てがじりじりと焦がされていく、そんな感覚。
 しかもそれを錯覚だと笑い飛ばせるほどの余裕は、今の俺にはもう無くなってしまっている。

 


 ふ、と短い溜息をひとつ落として、晧々たる月を見上げる。
 こんな風に。
 何かに縋るような気分になったのは、初めてなのではないか。
 この子供をパートナーとして選んだ時には、このような事態になるなんて思いも寄らなかった。

 複雑な胸中で子供を見下ろせば、何か良い夢を見ているのだろうか、幸せそうに微笑んでいる。
 暢気なもんだな、と思いつつ、そのマヌケ面を眺める俺自身の口元も緩んでいる事に気付き。
 誰が見ている訳でもないが、再び面映い気分になり、口元を手で覆った。

 

 

 

 

 

 

 


 なんとな〜く、自分にとっての三志郎という存在が、
 大切なものになりつつあると自覚し始めた不壊。

 ヘタレ以外の何者でもないですね!(え)

 06/11/8