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「三志郎、学校が夏休みに入ったらこっちに遊びに来るって云ったんだ!
詳しい事はまだ決まってないけど、こっちに来る日が決まったらすぐ連絡くれるって!
皆に会うの、楽しみにしてるってよ!!」
矢継ぎ早に捲し立てるイズナに、場に居る妖たちは口を挟む余地がなく。
当のイズナはと云えば、
「じゃ、オレ、妖怪城の方にも知らせに行って来るから!!」
云いたい事だけ云ってしまうと、さっさと次の目的地へと向かってしまった。
イズナの姿が消えた後、漸く声を発する事を許された妖たちは、口々に彼の人の名を呼び、
顔を輝かせる。
「兄さん、三志郎様が来てくださるなら、今から色々と用意しておかないと…」
まだ此方へやって来る日取りも決まってはいないのに、そんな気の早い事を云うかがりの顔も
やはり、他の妖たちと同様に顔を輝かせている。
そして、己も。
彼の人と再会できる喜びに、胸が高鳴っていた。
イズナが次に里を訪れたのは、それから五日ほど過ぎた頃だった。
「三志郎が来る日、決まったぜ!!」
彼の話によると、妖怪城に数日滞在した後、この里にやって来ると云う事だった。
人間の学校、と云う処での「夏休み」とやらは、随分長い期間の休暇であるらしく、
この里には一週間ほど滞在するという。
里の妖たちは皆、彼の人の来訪を心待ちにしていた。
恐らく妖怪城の方でも、今頃は一角や一鬼が文句を云いつつも、慌しく準備をしている事だろう。
その様子を思い浮かべて、ふ、と小さく笑う。
するとかがりが、良かったわね兄さん、と小さな声で云った。
その言葉を額面通りに受け取って、ああそうだな、と答えると。
彼女は何故か、一瞬きょとんとした顔でこちらを見て、それから少し困ったように笑った。
そして、彼の人がこの地に訪れる日がやって来た。
「雷信さん、かがりさん!久し振り!!」
大きく手を振りながら走ってくる彼の人は、以前と比べて少しだけ背が伸びていた。
しかし一年前と全く変わらない笑顔で、彼の人を歓迎すべく集った妖たちに挨拶をしている。
皆元気だったか、久し振りだな、また会えて嬉しいぜ。
本当に嬉しそうにはしゃぎながらそう云う彼の人を、少し離れたところから見つめていた。
会いたくて、会いたくてたまらなかった彼の人が、目の前にいる。
傍に駆け寄って言葉を交わしたいと思っているのに、身体が動こうとしない。
変わらず綺麗に笑う彼の人の、未だ幼い顔を見つめると。
鼓動が早鐘のように高鳴り出して、胸が締め付けられるように苦しくなる。
己の身体であるにも関わらず、己の意思で律する事の出来ないもどかしさに、眉を顰めていると。
「おい、ニィちゃん。俺は荷物持ちじゃないんだがね」
うっそりと、黒衣の痩躯が現れた。
その言葉の通り、彼の人の物であるらしい大きな鞄を抱えた男は、ゆっくりと彼の人に歩み寄る。
口では文句のような言葉を云っているが、その面差しは柔らかかった。
歪められた口の端は、相変わらず皮肉気に吊り上っているが、彼の人を見下ろす紅い眼は、
慈しむような光を湛えている。
男を見上げる彼の人の瞳も、また―――…
先ほどからの、胸を締め付けられるような苦しみが、痛みを伴うものに変わる。
己の視線の先で言葉を交わす二人は、以前別れた時よりも一層、信頼を深めているようで。
他の何者かがその間に入り込む事など、全く出来ないのだと。
思って、視線をそこから外せば。まるでそれに気付いたかのような間合いで、男がこちらに
向かって声をかけた。
「…よう、雷信。暫く世話になるぜ」
す、と細められた紅い瞳が、何か意図を含んだように見えたのは、気の所為だろうか。
「…皆、貴方たちがこの里へ訪れる事を心待ちにしておりました。さ、中へどうぞ。
長の旅路でお疲れでしょう。かがり、お茶の用意を」
「はい、兄さん。」
男に対して、曖昧な笑みで言葉を返す事しか出来ない自分がもどかしかった。
それを誤魔化すように、茶の用意をするために屋敷へ戻るかがりに続いて踵を返すと。
「…雷信さん!」
突然、彼の人に名を呼ばれた。
何故か少し緊張を含んだ音のそれに、驚いて振り返ると。
彼の人は先ほどまで見せていた笑顔とは打って変わって、太目の眉を八の字に下げ、
困惑の表情を浮かべていたのだ。
「三志郎殿…?」
その様子を訝しく思い、彼の人の名を呼び返せば。
彼の人は、何か物云いた気に口を開いたが、その小さな口は呼気の漏れる音を紡いだだけで。
「…あ、や…あの、暫く、お世話になります…」
少しの間、口をぱくぱくと動かした後、恐らく云いたかった言葉とは別の物であろう言葉を告げた。
相変わらず困惑の表情を浮かべた顔で俯く彼の人を見下ろして、こちらも思わず困惑顔になる。
彼の人の意図が分からず、己と同じ様に彼の人を見下ろしている男を見遣ると。
やはりこちらを見遣った男は、溜息と共に肩を竦めて見せた。
彼の人は所在無さ気に視線を彷徨わせて、それ以上の事は何も云おうとはしない。
「何もない所ですが、ゆっくりしていってください。」
再び、曖昧な笑みを浮かべる事しか出来ない自分に、心の中で舌打ちをする。
彼の人はちらりとこちらに視線を向けたが、こちらの言葉に頷き、また俯いてしまった。
何か、不愉快な思いをさせてしまったのだろうか。
先ほどまで…妖たちと話していた時までは、笑顔を見せていたのに。
「…じゃ、遠慮なくお邪魔するかねぇ。ほれ、行くぞニィちゃん」
男の言葉で、はっと我に返る。
「あ、あぁ、どうぞ、こちらです」
先に立って、二人を屋敷へと案内する。
後ろで二人が何か言葉を交わしていたが、囁き合うようなそれは、こちらの耳にまでは
届かなかった。ただ微かに、彼の人の笑う気配が伝わってくる。
先ほどとは一転して明るくなったその気配に。
この胸を襲う痛みは、いつまでも治らぬ傷のように、じくじくと広がっていった。
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