なんだか最近、ヘンなんだ。

 

 

 春が来て、オレは中学生になった。
 小学生だった頃は、中学生になったら勉強とか部活とかすっげー大変になるのかと
 思ってたけど(まあ確かに、勉強の方は難しくなったし教科も増えたしで大変は
 大変だけど)部活とかは楽しくて、それなりに充実した生活ってやつを送ってたりする。

 当然、また冒険の旅に出る事だって諦めてないから、時々母ちゃんや父ちゃんの
 手伝いをして小遣いだって貯めたりして。
 今は中学生だからこのくらいの小遣い稼ぎしか出来ないけど、高校生になったら
 バイトして旅費を作ろうって計画中。(中学に入ったばっかなのに気が早いって、
 フエには笑われた)

 そんな、ワリとばたばたと過ぎる日常の中で。
 ふと気が付くと、オレはいつも同じ事を考えてる。

 

 

 あの冬の日からオレの中に生まれた、知らない気持ちの事を。

 

 

 

 ふあんなきもち
 

 

 

 オレが妖の里で遭難して、雷信さんに助けられた後の事だ。
 屋敷に帰ったら、かがりさんやイズナがすっげー心配顔で待ってた。
 (フエはまだ妖怪城から戻ってなかった)
 オレの顔を見た途端、イズナはオレに飛び付いてきて怒りながらぽかぽか殴るし、
 かがりさんはオレの事ぎゅーって抱き締めて泣き出しちゃうしで、大変だった。
 でもそれは心配させたオレが悪いって分かってるから、ごめんって謝ったら、
 二人とももっと泣いたりして、オレはどうしたらいいか分からなくて、雷信さんを見た。
 そしたら雷信さんも、ちょっと困ったような顔してたけど、少し笑ってオレに云った。

 「三志郎殿、お身体が冷えていらしたでしょう。お疲れでしょうが、風呂に入られたら
 如何ですか?そのままお休みになられては風邪を引いてしまいますよ」

 確かに濡れた身体は拭いたけど、何だか背筋がぞくぞくする。
 オレは雷信さんの云う通り、風呂で体を温める事にした。
 かがりさんが慌てて涙を拭いながら、夜着を用意してきますって部屋を出て行った。
 疲れてへとへとだったから、風呂場で眠っちゃったりしないように、イズナが
 見張り役として一緒に入る事になった。

 その時、イズナに聞いてみたんだ。あの、知らない気持ちの事。

 そしたらイズナのやつ、急にすげー汗かきだした。
 オレはびっくりして、そんなにお湯が熱いなら出た方がいいって云ったんだ。
 けどイズナは、何だか妙に引き攣った顔で、いや、お湯のせいじゃなくて
 とかなんとか、ごにょごにょと呟いてた。
 とにかく汗の事は気にするなって云われたし、具合が悪いワケじゃなさそうだから、
 それは云われた通りに気にしない事にした。

 「なぁ、三志郎。その事、不壊に話したか?」

 突然真顔になってイズナが聞いてきたので、まだだと答える。

 「そっか…。あー、それなぁ、多分不壊には云わない方がいいぜ?」

 なんとなくオレもそう思ってたけど、イズナもそう思った事に少し驚いて、
 どうしてそう思うのかと聞いてみた。

 「何でってそりゃーアイツはおまえの事…っ、あ、いや、その」

 またごにょごにょと言葉を濁す。何だよ、なんかオレに隠し事してんのか?

 「ち、違ぇって!そうじゃなくて、その…お、大人の事情ってヤツだよ!」

 何だか妙な言い訳だと思ったけど、イズナの顔がこれ以上ツッコむなって
 云ってたから、そのまま誤魔化されてやった。
 するとイズナは少しほっとしたような表情になって、それから小声で何か
 ぶつぶつと云い出した。

 「しかしまさか、三志郎まで…そんな」

 よく聞き取れなくて、なに?って聞き返したら、イズナは少しだけ考え込むような
 顔になった。そしてすぐにオレを見ると、

 「それ、さ。オレは、雷信に話しちまってもいーんじゃねーかと思う」

 オレはその言葉に驚いて、何度か瞬きをしてからイズナを見つめ返した。

 「えーと…まあ、参考程度に…って事で、な。それを雷信に話すかどうか、
 最終的に決めなきゃなんないのはおまえ自身だし。とりあえず、そんなに
 急いで答えを出さなくてもいいと思うけど…おまえのその気持ち自体は
 そのまんま、心の中で温めておけばいい」

 イズナは、オレのこの気持ちが何なのか知ってるんだ。
 それ以上は喋ろうとしなくなったイズナに、オレはひとつ頷いて
 分かった、ありがとう、って云った。

 風呂から上がって部屋に戻ると、かがりさんが布団を敷いてるところだった。
 丁度良い。かがりさんにも、あの事を聞いてみよう。

 布団を敷き終えたかがりさんに、少し話があるんだけどと云うと、かがりさんは
 何でしょうかとにっこり微笑んだ。
 その笑顔に、かがりさんってホントにきれいだなぁなんて頭の隅でぼんやり
 考えながら、オレは風呂場でイズナに訊ねた事を話した。
 するとかがりさんは、ちょっとだけ嬉しそうに笑った。

 「三志郎様のそのお気持ちが何であるかは、私…多分イズナも、大方の見当が
 付きます。けれどそれは、私達がお教えしてしまっては意味がないものになって
 しまうのではないかと思うのです」

 そう云って、今度は申し訳なさそうに細い眉を下げた。

 「三志郎様自身が、答えを見つけないと。他人から教えられたのと、ご自身で
 答えを見つけたのでは、そのお気持ちの持つ意味合いが違うものになるのです」

 かがりさんの言葉を聞いて、オレは考える。
 自分で見つけなきゃならない、オレの気持ちの、意味。
 腕を組んで、眉を顰めてうぅんと唸り声を上げながら考え込むオレを、
 かがりさんは黙って見ていた。
 …その時。

 「失礼します、三志郎殿」

 控えめな低い声が聞こえて、すらりと襖が開く。

 「温かい飲み物を用意しました。これをお飲みになって、ゆっくりお休みください」

 そう云いながら部屋に入ってきた雷信さんが、オレの傍まで来ると屈んで片膝を付く。
 少し熱いのでお気をつけて、と云ってお盆に乗っていた湯呑を差し出した。
 今は何となく、雷信さんの顔を見るのがちょっと照れくさくて、なるべく目線を
 合わせないようにしながら湯飲みを受け取って、ありがとう、と小さく呟く。
 すると頭の上で、少し笑ったような気配がして、雷信さんはオレから離れた。
 少し離れた場所で正座していたかがりさんの隣に、雷信さんも背筋をピンと伸ばして
 正座する。かがりさんは雷信さんをちらりと見て、それからオレの方を見て柔らかく
 笑うと、では私はこれで、お休みなさいませ三志郎様、と礼儀正しくお辞儀して
 部屋を出て行った。
 急に雷信さんと2人きりにされたオレは、どうしたらいいか分からなくて、手元の
 湯呑に視線を落とした。

 湯呑の中には、温められた牛乳が入っていた。
 湯呑にホットミルク。
 多分この屋敷には、マグカップとか、所謂洋食器がないのだろう。
 …何だか妙な組み合わせだ。少し可笑しくなってオレがくすりと小さく笑うと、
 雷信さんが優しい声で、如何しましたか、って訊ねてくる。
 オレは何でもないよって応えて、少し甘めに作ってあるホットミルクを口に入れた。

 雷信さんは、オレがホットミルクを飲み終わるまで、ただ黙って座っていた。
 オレも何か話しかける訳でもなく、部屋の中は、ただオレがホットミルクを飲み込む
 音が、小さく響くだけ。
 本当はオレ、こういう静かなのって苦手なんだ。何か喋ってないと落ち着かないんだ。
 でも不思議と今は、この静かな空間を心地良いと思ってる。
 …なんでだろ?
 ちらりと目線を雷信さんへ向けると、それに気付いた雷信さんが、目元だけで微笑んだ。
 オレは慌てて、目を逸らす。
 何だろう、胸の奥がざわざわする。

 オレが自分のなかのざわざわに気を取られていると、急に廊下の方が騒がしくなった。
 ばたばたと勢い良く歩く音と、かがりさんが遠くから何か云っている声が聞こえる。
 ああ、ひょっとして、不壊が帰ってきたのかな?
 そう思った次の瞬間、スパン!と激しい音を立てて襖が開いて、オレの予想通り、
 そこに不壊が立っていた。

 不壊、おかえり。
 そう云おうと思って口を開いたけど、オレの言葉が声になる前に、不壊が物凄い勢いで
 部屋に入ってきて、オレの肩を掴んだ。

 「ニィちゃん、…大丈夫か?」

 オレの肩を掴んでる不壊の手には、凄い力が入ってて、掴まれた肩が痛い。
 不壊の顔は怖いくらいに顰められていて、でも声だけが妙に頼りない感じがした。
 大丈夫かって…あぁ、オレが遭難しちゃった事、かがりさんかイズナに聞いたのか?
 そう思って、相変わらず強い力でオレの肩を掴んでいる不壊の手に、自分の手を重ねて。
 不壊、大丈夫だよ何ともないよ、心配させてごめんな、って云った。
 そしたらやっと、肩を掴む手から力が抜けて。
 そうかい、そりゃ良かった。
 不壊は吐き出すように、小さい声でそう云って、そのままオレをぎゅうって抱き締めた。
 急に抱き締められたオレは、ビックリして目を見開く。
 あんまりビックリして、声も出せなかった。
 でも。
 オレを抱き締める不壊の肩越しに、雷信さんが見えた。
 その顔には、少し前にオレに向かって微笑んでくれたような優しさは見当たらない。
 ただ、静かな。
 表情が全くない、冷たい顔。

 それを見たオレは、急に背筋が寒くなった。
 慌てて腕を動かして、苦しいよ不壊、って云いながら、意外と厚い不壊の胸板を押し返した。

 「あァ、悪ィ。安心しちまったら、つい、な」

 そう云いながら不壊はいつもみたいに、口の端っこを吊り上げて、く、って笑う。
 オレもそれに釣られて、少し引き攣った笑いを作った。
 大丈夫だって、ホント。雷信さんが助けに来てくれたんだ、だから。
 云った途端、不壊の眉間の皺が深くなった。
 …え?オレなんか、ヘンな事云ったか?

 不壊はちらりと雷信さんの方を見た。

 「…俺がニィちゃんの傍に居れば、遭難なんて事にゃならなかったんだがな」

 何だか随分、トゲのある云い方だ。どうせオレは注意が足りませんよ。
 そう云い返そうとした時。

 「…なぁ、雷信?」

 いきなり不壊は、雷信さんに話を振った。
 雷信さんは、相変わらず冷たい表情のままで。

 「…申し訳ありません」

 何故か不壊に向かって、雷信さんは謝った。
 え、ちょっと待てよ不壊。なんで雷信さんが謝るんだ?悪いのはオレなのに。
 オレの事助けてくれた雷信さんが謝るのは、おかしくないか?
 そう云うと、不壊はひとつ溜息をついて、オレの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

 「ニィちゃんは知らなくていい大人の事情ってモンがあるんだよ」

 何だよ、それ。またオトナのジジョウ?
 ワケの分からない事を云われて、オレはぷう、と頬を膨らませた。
 くつくつと笑う不壊をじろりと睨んで、雷信さんの方に目線を向ける。
 雷信さんは俯いていて、その表情は良く分からなくなっていた。
 オレは雷信さんに声をかけようとして、でも、何を云えばいいのかが分からなくて。
 口を半分だけ開いたまま、声を出せずに俯く雷信さんを見ていた。
 すると雷信さんが急に立ち上がって、オレに向かって深々と頭を下げた。

 「…私はこれで失礼します。三志郎殿、…ごゆっくり、お休みください」

 空っぽになった湯呑をお盆の上に載せて、すっと立ち上がる。
 オレが何か返事をする前に、雷信さんは部屋から出て行ってしまった。
 また、胸の奥がざわざわする。
 ちょっと前に感じたのとは、違う感じの。
 苦しくて、何だか嫌な感じのざわざわだ。

 なんだろう、
 オレ、なんか今
 雷信さんに、

 オレは慌てて雷信さんを追いかけようと立ち上がった。
 …つもり、だった。
 勢い良く前に進もうとした力は、その後ろから引き寄せられる力に封じられた。

 「ニィちゃん、」

 低い声に振り向けば、不壊がオレの腕を掴んで、雷信さんを追おうとする
 オレの身体をその場に引き止めていた。

 「今日はもう寝ちまいな。疲れてるんだろう」

 不壊の声は酷く優しかった。
 けど、オレの腕を掴む手は、この部屋に入ってきて肩を掴んだ時よりももっと力強くて、
 痛みに顔を顰めてしまいそうなほどだった。
 オレはちらりと雷信さんが出て行った場所を見てから、ひとつだけ溜息をついて。
 視線を不壊に戻してから、分かった、もう寝る、と云った。
 すると漸く、不壊の手から力が抜けた。
 掴まれた腕を見ると、不壊の手の痕が赤く残ってしまっていた。
 その場所を少し摩って、かがりさんが敷いてくれた布団に潜り込む。
 不壊におやすみ、と小さい声で云うと、あァ、と低い声が返ってきた。

 布団に潜ってから暫く経っても、なかなか眠る事が出来なかった。
 身体の方はくたくたで、鉛のように重くなっていくのが分かる。
 けど意識だけは妙にはっきりしていて、雷信さんのあの、とても冷たい顔が
 ずっと頭から離れない。
 心臓がばくばくと早く動いて、苦しい。
 布団の中で長い間もぞもぞと動いてたけど、漸く少しうとうとしてきて、ゆっくりと瞼を閉じた。
 真っ暗になった視界でも、眠気にぼんやりと霞がかったような頭の中でも。
 雷信さんのあの顔が、消える事はなかった。
 意識が途切れる瞬間に、ずっと布団の傍に座っていた不壊が、小さな声で
 何かを云ったけど、何て云ったのか分からなかった。



 朝、目が覚めると、不壊はオレが眠る前と同じように布団の傍に座っていた。
 ずっとそこにいたのか、眠らなかったのか?と聞くと、不壊は口の端っこを歪めて笑った。

 「ニィちゃんは時々、俺が妖だって事忘れてるんじゃねぇのかい」

 笑いながら、不壊は細長い腕を持ち上げて、オレの顔に触れる。
 身体の調子はどうだい。そう云いながら、オレの顔を覗き込んだ。
 大丈夫、いつもと変わらないよ、と告げると、そうかい、と小さく呟いた。
 それからオレの頬を軽く引っ張る。

 「だったらさっさと顔洗ってきな。かがりが朝飯の準備して待ってるぜ」

 オレはひとつ頷いて、顔を洗うために立ち上がる。
 部屋を出て行くオレの背中に、転ぶんじゃねぇぞ、って声が投げられて。
 オレは分かってるよ、と大きな声で返事をして、屋敷の裏にある井戸へと向かった。

 井戸から水を汲み上げて、痛いくらいに冷たい水を掌で掬う。
 勢い良く、その水をぶつけるみたいに顔を洗う。
 冷たい水と冷たい空気で、顔がぴりぴりとした。
 洗い終わった顔を、濡れた犬みたいにプルプルと振っていたら、後ろから声がかかった。

 「…三志郎殿、」

 静かに、名前を呼ばれて。
 オレの心臓が、大きく跳ねた。
 慌てて息を吸った咽喉が、ひゅ、と小さく音を立てる。
 そろりと振り向くと、屋敷の方から雷信さんがゆっくりと歩いてくるのが見えた。
 逆光で、オレのいる場所からは雷信さんの表情が良く見えない。
 オレの頭の中に、昨夜見たそのひとの冷たい表情が浮かんでくる。
 あの顔を思い出すと、自分の周りの温度が急に下がってしまったみたいに、背筋が
 冷たくなっていく。オレはぶるりと身体を震わせた。

 「おはようございます、三志郎殿。お加減は如何ですか?」

 けど、そう云ってオレの目の前で立ち止まった雷信さんの顔は、いつもと同じ。
 とても優しい表情をしていた。
 その顔を見て、オレは今まで馬鹿みたいに緊張していた全身から、力を抜いた。
 おはよ、雷信さん。身体の方は何ともないよ。
 そう云ったオレに、雷信さんは、それは良かったと少し笑って。
 少し前まで、冷たく感じていた自分の周りの温度が、急に上がったような気がした。
 オレはそれですっかり、昨夜見た雷信さんの表情は、オレの見間違いだったんじゃ
 ないかなんて思っちゃったんだ。



 でもそれはもちろん、見間違いなんかじゃなくて。
 それから里にいる間、雷信さんのあの冷たい顔を、何度か目にした。
 何故かは分からないけど、あの日以降は不壊がいつも俺の傍にいて。
 前から不壊はオレの傍にいたけど、それよりも一層、俺の傍にいる時間が
 増えたような気がする。風呂やトイレや寝る時以外は、いつも傍にいるようになった。
 またオレが遭難なんかしないようにって思って、傍にいるのかな?
 だからなかなか、雷信さんと2人でゆっくり話す事が出来なくて。
 まるで怒っているみたいにあの表情をする雷信さんに、その理由を聞く事が出来なかった。

 …やっぱり、オレが遭難なんかして迷惑かけた事、怒ってるのかな。

 雷信さんは優しいから何も云わないけど。
 どうしよう。
 オレ、今度こそ本当に嫌われちゃったのかな。

 前みたいに、思い切ってその理由を聞く事が出来ないのは多分、不壊が常に
 傍にいるせいだけじゃない。

 怖いんだ。

 雷信さんの口から、オレを拒絶するような言葉を聞くのが、怖いんだ。
 雷信さんに嫌われたらって考えるだけで、胸が痛くなって、苦しくて、
 上手く息が出来なくなる。

 オレ、どうしちゃったのかな。
 今まで、こんな風に胸が痛くなったり、苦しくなった事なんて一度もないのに。
 どこかおかしくなっちゃったのかな。病気かな。


 結局、島に帰る日になるまで、雷信さんと2人で話をする事は出来なかった。
 オレはもやもやした気持ちを抱えたまま、皆に別れの挨拶を済ませて。
 最後に雷信さんに、お世話になりました、って小さい声で云った。
 オレは何となく雷信さんの顔が見れなくて、足元の地面をじっと見つめていた。
 すると急に、それまで雷信さんの爪先までしか見えてなかった視界に、
 雷信さんの膝が映った。
 オレは一瞬、何が起こったのか分からずにぱちぱちと瞬きをする。
 雷信さんが膝を付いて、自分の顔をオレの目線の高さに合わせるために屈んだのだと
 気付くまで、少し時間がかかった。
 驚いて顔を上げると、じっとオレを見ていた雷信さんと目が合った。

 「三志郎殿、」

 優しい声で、オレの名を呼ぶ。
 オレは息を飲んで、雷信さんを見た。

 「夏になったら、また…遊びにいらしてください」

 夏になったら、また。
 オレ、またここに来てもいいのかな。雷信さんは、オレが来るの、イヤじゃないのかな?

 「貴方がまたここにいらしてくださる日を、心待ちにしております」

 雷信さんが、オレを見上げて優しく微笑む。
 オレの心臓が、ビックリしたみたいに早く動いて、すごい勢いで血を送り出しているのが
 分かる。苦しくて、オレは左胸の辺りをぎゅう、と掴んだ。
 何だか身体が熱くなって、雷信さんの顔がまっすぐ見れなくなった。
 慌てて目線を、自分の足元に戻してから、オレは掠れた声で、うん、と返事をした。

 ああ、オレ、ホントにどうしちゃったんだろ。

 オレの返事を聞いた雷信さんは、もう一度優しく微笑むと、ゆっくりと立ち上がった。

 「…ご迷惑でなければ、また手紙を送ってもよろしいでしょうか」

 立ち上がりながら、雷信さんは小さな小さな声で、そう云った。
 オレは、雷信さんの云った言葉がすぐに理解できなくて、またぱちぱちと瞬きをする。
 それから漸く言葉の意味を理解して、、慌ててぶんぶんと勢い良く、頭を上下させた。
 雷信さんはそんなオレの様子を見て、少しほっとしたような表情を作って、また笑った。

 少しだけ離れた場所に立っていた不壊が、そろそろ行くぞ、と声をかける。
 オレはそれに、今行く、と返事をしてから、雷信さんを見た。

 「夏に、また来る!手紙も、待ってるから!」

 オレも小さい声で雷信さんにそう云ってから、不壊のいる場所まで走っていった。

 

 



 あの時、雷信さんは笑ってくれたし、手紙をくれるとも云ってくれたけど。
 雷信さんのあの冷たい表情がいつまでも消える事なく、オレの心の中に残っていて。
 結局は本人の口から直接、本意を聞く事が出来なかったから、オレは不安で堪らなかった。

 雷信さんは、オレの事、どう思ってるんだろう。

 島に帰って2週間ほど経ってから、イズナが手紙を持ってきた。
 手紙には、以前貰ったものと同じような、オレが帰った後の里の様子が綴られていた。
 ただ、それだけの手紙。
 けど文の最後には、こう書いてあった。

 「先日貴方とお別れしたばかりだというのに、私の心は既に、次にお会いできる
  夏へと想いを馳せております」

 雷信さんは多分、お世辞とか、社交辞令とかを云えるようなひとじゃない。
 (妖怪にはそんなもの必要ない訳だし)
 そう思う一方で、雷信さんは優しいから、オレを傷つけないようにこんな事を書いて
 いるのかもしれないと、変に勘繰ってしまう。

 こんなの、オレらしくない。
 雷信さんがくれる言葉に、素直に喜べないでいる自分が嫌になる。

 でも、不安なんだ。
 雷信さんがオレの事嫌ってるかもしれないと思うと、不安で仕方ないんだ。
 その後も、大体一ヶ月に一度くらいのペースで、雷信さんは手紙をくれる。
 その度にオレは、嬉しくて、胸の奥が暖かくて、でもそれと同時に。
 とても、苦しくなる。

 普段は、学校とか、家の手伝いとかが忙しいのをいい事に、なるべくその事は
 考えないようにしている。
 でもやっぱり、ふとした瞬間に。
 どうしようもなく、思い出してしまう。


 あの日、あの冬の日に。
 オレの中に生まれた、あの知らない気持ちの事を。

 

 

 

 

 

 

 

 



 …長ッ。今回話長ぁッ!!

 雷信兄さんが開き直ったと思ったら、今度は三志郎がネガティブに…!
 周りは皆、二人の気持ちに気付いてるのに、肝心の本人達は全く気付かず。
 天然同士はタチ悪いったらない。

 しかしコレだけアピールしてるにも拘らず、全くその想いに気付いてもらえない
 不壊が本気で哀れすぎる。

 それにしてもその場のノリと思いつきで話を書くから、全く話が纏まらない。
 最初の予定と全ッ然違う内容に…!!
 おかしいな、この雷三部屋の話はギャグ話になる予定だったはず…!!