「よう、ちびっ子!帰れねぇのか?」

  「ちびっ子云うナ―――――!!!!!」

  何時もの軽口へ、全身全霊を込めて反抗する様に、小さく笑みを零しながら。
  ヒューズは少年の金の髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜた。

  「頭撫でるな!子供扱いすんナ―――!!!!!」

  キーキーと騒ぐ少年は子供扱いされるのが酷く気に入らない様子で。
  顔を合わせれば何時もこんな調子。
  怒ると分かってはいるのだが、その小動物じみた反応が面白く、可愛くて。
  ついつい揶揄ってしまうのだ。そう思っているのは自分だけではないらしく、
  ここ――東方司令部の面々も、ヒマを見つけてはこの子供にちょっかいを出している。
  それは、この少年が皆に愛されている証拠なのだが、当人は単に子供扱いされていると
  思えるらしく、面白くないらしい。

  「まぁそう怒りなさんな。お前、傘持ってないのか?」

  ガッチリと掴んでいた首を解放してやりながら、当初の問題に起ち返る。
  過剰なスキンシップを警戒してか、エドワードはヒューズから少し距離を取りつつ
  乱れた髪を手櫛で整えながら顔を上げた。

  「…ない。こんなに遅くなるつもりはなかったから、用意してこなかった。」

  「はー、また文献漁りか。精の出るこった。」

  ごくろーさん、と小さな背中を軽く叩く。
  それには気を悪くした様子はなく、エドワードは同じ質問を投げて寄越した。

  「中佐は?傘持ってないのかよ?」

  「ん?あぁ、勿論持ってるぞ。ウチのかみさんは気の利く女だからな!」

  エッヘン、と大仰に胸を反らせつつ、鞄から折りたたみ傘を取り出す。
  そのまま自慢の女房話を始めそうになったヒューズに、
  始まったらちょっとやそっとでは終らない事を知っているエドワードは
  慌てて会話の軌道修正を試みた。

  「な、中佐の宿って俺の宿と方向一緒だよな?途中まで入れてってくれねぇ?」

  今日借りてきた文献を濡らしたくないんだよと、手を合わせてお願いポーズをする。
  その、実年齢より幼く見える仕種と表情に、ヒューズは再び小さく笑った。




  「あーぁ、早く止まねぇかなー、雨。」

  傘の下から鉛色の空を見上げて、エドワードが呟く。
  しかしその表情は何処か楽しそうで。足取りも幾分軽やかに見える。
  ヒューズは苦笑しながら、隣を歩く小さな体を引き寄せた。

  「こらお前、歩くの速いぞ。濡れるのヤなんだろ?」

  「んー、本が濡れなきゃいいんだけどさ。」

  文献の入った袋だけは、しっかり濡れない位置にキープして。
  傘から落ちる水の雫を、落ち着きなく眺めている。

  「好きなのか?」

  いきなり問いかけてきたヒューズの顔を見上げ、エドワードが首を傾げる。

  「何が?」

  「雨だよ、雨。」

  あぁ、と合点が行った表情をつくってから、予想に反して首を横に振って見せる。
  随分と楽しそうだったから、好きなのかと思ったが。

  「あんまし好きじゃねーよ。雨降ると機械鎧の付け根が痛むし。」

  だったら何故。

  「でもさ、雨が上がる前、っつーか…上がった後とかさ。
  空気が澄んでるのがイイんだよ。それと雲間から薄ら陽の光が
  差し込んできたりするの。キレ―じゃん?そーゆーのが、さ。」

  好きなんだよな、と。
  それこそ、差し込む陽の光のように。
  眩しく笑う。

  「…あ、この事は皆にはナイショだぞ、中佐!ぜって―ガキだって笑われるから!」

  「おー、つーか俺もガキだなーと思ったけどな、今。」

  「ッ!クッソー、そーいやオレの事一番ガキ扱いすんのアンタだもんな〜…
  迂闊だったぜ…!!」

  悔しそうに睨みつけてくるエドワードに苦笑して、怒ると知りつつも頭を撫でる。

  「安心しろ、誰にも云わねーよ。」

  「…ホントか?」

  わしゃわしゃと頭上で動く大きな手に口を尖らせながら、
  疑わしそうな眼差しを向けてくる。

  「ホントだって。俺ぁウソはつくけど約束は破らねーよ。」

  「…何かビミョーじゃねぇかソレ…。」

  「ははは、まぁ細かいコトは気にすんな!…って、ホラ、雨。上がるぞ?」

  小降りになった雨の中で、傘を畳む。
  ほんのりと明るい西の空から、幾筋かの光の帯が見える。

  「…おー、確かにキレ―だな。」

  「だろ?」

  に、と子供じみた笑顔をこちらに向ける。
  それに答えようとした時、近くで少年を呼ぶ声がした。

  「兄さん!」

  「おー、アル!迎えに来てくれたのかー」

  「うん、でも平気だったみたいだね。中佐が兄さんを送ってくれたんですか?」

  しっかり者の弟が、ありがとうございますと丁寧に頭を下げる。
  本当に、どっちが兄でどっちが弟なんだかと苦笑していると、
  下からぐい、と腕を引かれた。

  「ん、なんだエド?」

  彼の『耳を貸せ』という素振りに腰を屈めると、耳に手を当ててナイショ話の体勢。

  「?兄さん?」

  怪訝そうな声色を上げる弟を他所に、エドワードは素早く耳打ちした。

  「中佐、さっきの事、ホントに誰にも云うなよ?」

  アルだって知らないんだからな、と念を押す。
  …そんなに隠すような事でもないとは思うけれど。
  それでも必死な様子の彼に、小さく小さく笑って。
  こちらも素早く耳打ちをした。

  



  「…分かってる。二人だけの秘密、だ。」
  


  

 

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これを読んでいる方が誰の話から
読んでるかは分かりませぬが。
エドの、大佐に対する態度との違いを
楽しんでください。(笑)

もう愛の差ですよ…ここまでくると。(ボソリ)