「…なに空と睨めっこしてんだ、大将…?」 不意にかけられた声に振り向けば、帰り支度を済ませたハボックが立っていた。 「そんなに睨んでても雨は上がらないだろ。」 ゆっくりと紫煙を吐き出しながら、エドワードの隣へ移動する。 手には黒い小さな鞄と、濃紺色の大きな傘。 「少尉、今帰り?」 「あぁ。今日は珍しく定時。」 「ふ〜ん…」 エドワードの視線は会話中も手の中の傘にあって。 ハボックはポン、と傘を広げて雨の中へ歩み出た。 「入れて欲しいんだろ、早く来い」 手招きすると、少年は分かりやすいくらいに堅い表情を崩した。 「え、いいのかよ?」 「最初ッからそのつもりだったくせによく云うよ。」 「はは、バレてた?じゃ、遠慮なく。」 悪びれた様子もなく、笑顔全開で傘の下へ走りこむ。 全くこのお子様はと、思わず漏らした苦笑に少年は気付かなかった。 「アルは一緒じゃないのか?」 「あー、午前中に帰ったよ。アイツには本屋の方あたってもらっててさ。」 他愛のない会話を続けながら、二人で雨の中を歩く。 ふと、ハボックは可笑しそうに口の端を歪めた。 「?何だよ少尉?」 「いや、男同士で相合傘なんて色気ねぇなと思ってさ。」 「…そりゃそうだけど。何だよーオレが相手じゃ不満かよー。」 冗談混じりに云うエドワードに、同じく冗談混じりでハボックが答える。 「いやいや、身に余る光栄です。鋼の錬金術師殿。」 顔を見合わせて、笑う。 そう云えば、この少年と二人きりになるのは珍しいな、とハボックが思った時。 「何かさー、少尉と二人っきりってそう云えば珍しいよなー?」 全く同じ事を、エドワードが声にした。 「まぁ…そうだなぁ。大抵大将の傍にはアルか大佐がいるからな。」 「アルは確かにそうだけど。大佐は…そんなに一緒じゃないだろ…?」 首を傾げる少年に、曖昧な笑みを返した。 ポケットから煙草を取り出して、口に咥える。 と、何故かそれを凝視していたエドワードと目が合った。 「…大将、口、クチ。」 背の高いハボックを見上げるうちに、口が半開きになっていたようだった。 慌てて口を閉じると、再び視線を上へと戻す。 「どーした。何かついてるか、俺の顔。」 「んん…いや、煙草がさ」 「煙草?」 「似合うよなー、と思って。少尉のトレードマークだよな。…美味いの?ソレ。」 何を云い出すのかと思えば。 ハボックは自分の咥えていた、まだ火の点いていない煙草を指に挟み、 ひょい、とエドワードの口に咥えさせた。 「吸ってみるか?」 エドワードは煙草を咥えたまま、うーん、と白く細長いそれを見つめ。 「…未成年に勧めるなよ…。」 咥えていたものを、先程隣の男がそうしたように指に挟むと。 ん、と持ち主の顔付近まで手を伸ばした。 ハボックはそれを咥えて受け取ると火を点け、ゆっくりと煙を吸い込んだ。 「まぁ、吸い始めると成長とまるしな。」 「誰がみじんこか!!」 「いや、云ってねぇし。」 「云った!!視線がそう云っていた!!」 「お前それ被害妄想だよ…。」 云いかけたハボックの言葉に、水の跳ねる音が重なる。 あーぁと呟きながら足元に目をやる彼に倣えば、軍服が水に濡れていた。 「あ、車…?」 「やられた。雨の日は歩行者に気ィ使ってもらいたいよホントに…」 ハンカチを取り出して長身を屈めると、ちょっと持っててくれと傘を渡される。 軽く水気を払っているハボックの足元から視線を上に移すと、 少し色の変わった軍服の肩が目に映った。 「…?」 エドワードはハッとして、自分の体を見回した。 濡れてはいない。どこも。 しかしハボックは、肩と髪が。 エドワードの歩いている位置と逆方向のそこが、濡れてしまっていた。 …ひょっとして、オレが濡れないようにしてくれてる…? よくよく考えてみれば、ハボックの身長は標準よりも高く、 エドワードの身長は標準よりも低い。 この身長差で傘をさせば、どちらかが必ず濡れる事になる。 ハボックはエドワードが濡れてしまわないように、傘を傾けて差していた。 必然的に、自分は半分、濡れる事になるのだが。 今車に水をかけられたのも、ハボックが車道側を歩いていたからで。 背の高い彼が壁になってくれているお陰で、跳ね上げられた水も エドワードまでは届かなかった。 「…しょ…少尉、悪ィ…オレ…」 慌てて自分のハンカチを取り出して、ハボックの肩を拭き始める。 「あー…いいって。ハンカチ、汚れるぞ。」 「で、でも」 「これだけ降ってりゃ一人で帰ったって濡れちまうって。 水にあたる面積が広いからなぁ、大将と違って。」 「ど、どーゆーイミだそりゃぁ!!!」 冗談めかして笑うハボックに、つい何時もの調子で食ってかかって。 その後で小さく「ありがとう」と呟いたエドワードに、気にするなと肩を叩いた。 エドワードの泊る宿についた頃には、雨も小降りになってきて。 「あー、もうちょっとで止むな、こりゃ。」 良かった良かったと呟くハボックに、エドワードはもう一度礼を云った。 「ホントごめんな少尉、送ってくれてありがとう。」 「まぁ、困った時はお互い様、ってな。」 じゃぁ俺も帰るわ、と云ってハボックが歩き出したのは、 何とたった今二人が歩いてきた方向だった。 「え、ちょ、少尉!?何でそっち…」 「んん?あぁ、俺んち逆方向だから。」 「…はぁ!?」 つまりそれは。 雨の中を、東方司令部から自分の家とは逆方向のこの場所まで、 ハボックは態々エドワードを送ってくれたという事で。 「お前も少し濡れたから、ちゃんと風呂入って暖まれよ」 背中を向けたまま、ハボックは手を振って歩き出した。 エドワードはその背中が見えなくなって、兄の帰りが遅いと心配して出てきた アルフォンスに声をかけられるまで、宿の入口に立ち尽くしていたのだった。 |
|
|