「やぁ、鋼の。」 横合いからにこやかに声をかければ、エドワードはいつものように 『イヤなヤツが来た』と云わんばかりの顔で声の主を見た。 「…何か用?」 実にそっけない言葉に、何故この子はこんなにも自分を 毛嫌いしているのだろうと溜息をつきながら。 それでもめげずに、ロイは話を続けた。 「いやなに、珍しく定時に帰ろうとしたらキミが居たから。 …傘がなくて困っているようだし…」 宿まで送ろうか? どうせ出てくるのは否定の言葉だろうけれど。 この少年は妙に意地っ張りで、こういった優しい言葉を 頑なに拒絶する。 エドワードは、ロイと傘とを交互に見つめて。 その後、ぴたりとロイだけに視線を定めた。 じっと、金色の瞳で見つめられて。 柄にもなく緊張する自分に、ロイは苦笑した。 まるで下心があるのではないかと探られているような気分で。 …この少年に自分が惹かれているのは周知の事実であるので、 疚しい気持ちが微塵もないとは云わないけれど。 けれど君に声をかけたのは ただ濡れて帰ったキミが風邪を引いてはいけないからと ――本当に、それだけの気持ちからだったんだよ? そんな想いが伝わるようにと、微笑みながら見つめ返せば。 当のエドワードはプイ、と横を向いてしまった。 …まぁ、この子に関しての自分は空回りばかりだから。 どうやら彼には届かなかったらしい想いは今回も見事に空回りで。 仕方ないな…と思いつつ、ロイは手にした傘をエドワードにに差し出した。 「…?なに…」 「キミが使いたまえ。」 応えを返す間も与えず、小さな手を取って傘を握らせる。 その行為に、エドワードは慌てた様子で傘を押し返した。 「い、いいよ!アンタの傘だろ、アンタが使えよ!」 「私は雨が止むまで明日の分の仕事でもしていれば良い事だ。」 「…止まないかもしれないだろ!?」 「そうしたら他の誰かの傘に入れてもらうさ。」 ロイの言葉に、エドワードは困ったように俯いた。 その態度に、ロイは小さく溜息をついて。 …困らせたかった訳ではないのに。 どうにも上手く立ち回れない。この少年が相手になると。 女性相手なら、こんな事にはならないのに。 彼に嫌われたくない一心で、いつものように強引な態度を取れない自分がいて。 不思議な事に、そんな自分がイヤではなかったりするのだから、 これはもう質の悪い病気なのかもしれない。 そんな事を考えながら、俯いたままのエドワードの手に、もう一度傘を握らせて。 小さな肩に自分の手を軽く乗せた。 「アルフォンス君も待っているのだろう。早く帰りなさい。」 表面だけは、大人の余裕で。 それじゃぁ、とエドワードに背中を向け、執務室へと逆戻り。 「待てよ!」 突然の、思いも寄らぬ後ろからの引力に、ロイは蹈鞴を踏む。 振り向けば、軍服の裾を掴んだ小さな手。 それに繋がる細い腕と、先程自らの手を置いた小さな肩、そして。 少し怒ったような、拗ねたような金色の瞳。 「…何だい、鋼の?」 エドワードは無言のまま。 問題の傘を、ズイ、とロイの正面へ突き出した。 「…だから、それはキミが使いなさいと…」 「途中、寄り道するから」 ロイが云い終わらぬうちに、エドワードが言葉を紡ぐ。 「…え?」 「本屋に寄りたい。時間、あるんだろ?」 云いながら、傘を押し付ける。 一瞬の逡巡の後、ロイは傘を受け取って笑った。 「勿論。本屋だろうとどこだろうとお供いたしますよ、王子様。」 「…な〜にが…、まぁいいや。そうと決まったらさっさと行くぞ!」 「はいはい」 「返事は1回!!」 云いつつ、雨の中へ走り出すエドワードを慌てて追いかけながら。 何時もは鬱陶しいと思える雨が、今日は何だか楽しく思えて。 それこそ、もう手に負えない病気なのだろうと苦笑するロイであった。 |
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