「一緒にくるか?」

   その男の言葉に従ったのは
   人の上に立つ人間らしい
   威風堂々とした姿とは裏腹な

   寂しそうな

   とても寂しそうな光をその奥に
   宿した瞳の所為だった。

   その瞳は知っている。
   同じものとは云えないけれど
   それに良く似たものは知っている。

   だから

   だから放っては置けなかった。





   ◇始まりの夜◇





   夜の闇を白い月の光が優しく包んでいた。
   人々は疾うに眠りに就いている刻限に、
   夜気を乱さず歩く者が一人。
   既に日課となった隠れ里の見回りも。
   何事も無く終わり、そろそろ屋敷へ戻ろうかと
   空の月を仰いだその時。

   「御屋形様」

   不意に横合いから掛かる聞きなれた声に、
   呼ばれた人物…九角天戒は歩みを止める。
   ほんの少し驚きの色を浮かべた顔を、声の主へ。
   音も無く叢から姿を現した青年…緋勇龍斗へと向けた。

   「この俺に気配を感じさせぬとは…
   流石だな、緋勇。」

   云いながら微笑むと、彼人も
   僅かに笑みを浮かべた。

   「眠れぬのか?」

   問いかけに、龍斗は少し困ったように笑う。

   「あぁ…いえ、そう云う訳では…。」

   えぇと、と呟いて、視線を落とし。
   少しの逡巡の後、顔を上げた。

   「その、御屋形様に聞いていただきたい
   事が…いや、聞きたい事、かな…?
   とにかくお話が、あるんですけど」

   その面持ちは困ったような笑顔のままで。

   「…何だ?」
   「立ち話もなんですし、少し歩きながら
   話しませんか?」

   今夜は月も綺麗ですし、と。
   鈍く光る空を見上げ、先を歩き出す。
   その背中を見つめ、軽く目を細めると、
   天戒は無言でその後ろへと歩を進めた。


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