「…あれは一体何なのだろうな…」

   そんな二人の様子をコッソリ襖の隙間から覗き見て。
   九桐がペシペシと頭を叩きながら、小声で云った。

   「の、覗きなんて趣味悪ぃぞ!!御屋形様にバレたら…」

   人を非難しつつも、中の様子が気になって仕方ないと云わんばかりに
   身を乗り出す澳継に、桔梗がピシャリと云う。

   「嫌ならあっちへ行っておいでな。しかしなんだねぇ、あれじゃまるで…」

   溜息をつく桔梗に、九桐と澳継が顔を上げれば。
   酷く複雑そうな表情を作った彼女は。

   「まるでお見合いみたいじゃないか。」

   それでも声色は何故か楽しそうに、呟いた。

   「…おっ…お見…!?な、何云ってむぐぅ!!?」

   「しっ、若が動くぞ!」

   叫びそうになる澳継の口をガッチリ押さえ、九桐が小さく声をあげる。
   見れば、天戒がゴホン、と咳払いをして顔を上げていた。



   「…は、母上ッ!!」

   「は、はいぃ!?」

   二人とも笑えるくらいに声が裏返っていたりする。

   「そのっ…母上に、ひ…ひとつ頼みたい事が、あるのだが!!」

   「な、何でしょうかッ!?お、俺にできる事でしたら何なりと!!」

   最早二人して頭に血が上っているため、自分達の声が裏返りつつも
   震えていて、端で見ているとそれは面白い状況になっている事に
   全く気付いていなかった。しかもその一部始終を覗かれている事にさえ
   気付く様子はない。
   外野の野次馬が必死で笑いを堪えているのも知らず、当の二人は。
 
   「こ…これを…」

   云いながら、天戒が机の抽斗から出してきたものを龍斗に差し出した。
   それは先っぽに例のふわふわした白い綿だか羽毛だかがついた…





   耳掻き、だった。



   「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おやかたさま?」

   あまりの事に、思わず表記が平仮名になってしまった。

   「は、母上!その呼び方はやめるようにと…」

   「いやもうこの際どーでもいいですそれは。その耳掻きが…何です?」

   皆まで云わずとも分かってはいるが、取敢えず問い質す。
   ひょっとしてそのために、態々呼び出されたのだろうか。
   鬼道衆全員の面前で、あんなに意味ありげな表情で。
   すると龍斗の予想に寸分違わぬ表情で、天戒はぼそりと呟いた。

   「その…母上に…耳掃除などしてもらいたいと…」

   「…耳掃除…」

   「うむ…」

   「…そーゆーのは桔梗姐さんに頼んだ方が良いのでは…?」

   「うむ、今までは桔梗に頼んでいたのだが…」


   …出来ないんだこの人、自分で耳掃除が…。


   何だか泣きたくなるような情けない事を、当然の事のように
   目の前の人物は云って退けた。

   「しかしその…今日は、母上に頼みたいのだが…」

   そして例の、『捨てられた子犬』のような表情で、龍斗の様子を窺っている。


   うっわ卑怯くせぇ!!この顔されたら俺が断れない事、
   知っててやってんじゃねーだろーなこの人ッ!!!


   しかし当然、この鬼の頭目は完全に素であった。
   恐るべし箱入り。

   「…わ、分かり…いや、分かった…するよ…」

   「…!本当か、母上!!」

   キラキラと子供のような瞳で見返され、龍斗はガックリと肩を落とした。

   「…でもなんで、いきなり俺に…?」

   その問いかけに、天戒は何故か少し寂しそうな顔で答える。

   「昨日、村の子供たちと話をしていてな…。その内の一人が、母親に
   耳掃除をしてもらった話をしたものだから…」

   「…お…天、戒…」

   「俺には母親と過ごした思い出はない。だから…つい、楽しそうにその事を
   話す子供が羨ましくてな…。」

   その言葉に、龍斗は。
   すっかり母性本能を刺激されてしまい(あるんかい)、うんうんと頷きながら
   がしぃ!と天戒の手を取った。

   「そっか…そうか!よっしゃ、俺に任せとけ!!そう云うことなら
   毎回でも毎日でも1日3回だって俺が綺麗に耳掃除してやるからなッ!!!」

   「…いや、そんなにしてもらわなくても良いのだが。」

   微妙に冷静にツッコむ天戒であったが、龍斗は気にする様子もなく
   耳掻きを受け取り、ぽんぽんと自分の膝を叩いた。

   「じゃ、ほら、おいで天戒。」(結構犬扱い)

   「う、うむ…」

   照れくさそうに龍斗の膝を枕にして、天戒が横たわる。

   「痛かったらちゃんと云えよー」

   「ああ…」







   「…なんだあれ…」

   呆然と呟く澳継の肩を、九桐が笑いながらポン、と叩く。

   「いやぁ、実に微笑ましい光景じゃないか。なぁ桔梗?」

   「そうだねぇ。まぁ、天戒様のあんなに幸せそうな顔、ここのところ
   拝んでなかったからね。これからもたーさんには頑張って、
   天戒様の『母上』を続けて貰った方がいいかもね。」

   「いいわけないだろ!!大体たんたんは男じゃねーか!
   なんで母親なんだよ!!お前がやればいいだろ!!」

   結構無責任な発言をする桔梗に、澳継がキャンキャンと噛み付いた。

   「何だい坊や、妬きもちかい?」

   「な!何でそうなるんだよ!俺は別に、たんたんの事なんか…!」

   「…別に師匠の事だとは云ってないぞ、風祭。」

   思わず墓穴を掘った澳継に、九桐が意地悪くツッコんだ。

   「・・・・・・!!と、とにかく俺は反対だからな―――!!!!!」

   「はいはい、分かった分かった」

   「ほら坊や、天戒様の代わりに見回りに行ってきとくれ。
   二人の邪魔しちゃ悪いだろ」

   「…まぁ、既に何だか二人の世界に入ってる感もあるが…な。」

   それはまったく九桐の云う通りで、廊下でこれほど喚きたてている
   にも関わらず、部屋の中の二人はそれに気付く様子もない。
 
   「俺は、俺は反対だからな―――――ッッ!!!!!!!」

   澳継の叫びは、廊下に虚しく木霊した。








   こうして緋勇龍斗(20)は、鬼道衆公認の
   『九角天戒(20)の母親』になったのであった。


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