道場から逃げるように走ってきた龍斗は、天戒の部屋の前で足を止めた。
   ひとつ大きく深呼吸してから、中に居る人物に声を掛ける。

   「御屋形さ…天戒、俺で
…だけど」

   未だに慣れない喋り方に舌を噛みそうになりながらも、天戒の返事を待った。

   「・・・・・・・・・・・・・・。」

   しかし、応えはなく。

   「…?天、戒…?」
  
   再度の呼びかけにも応えはない。

   「天戒?開けます…あ、開けるぞ?」

   襖に手をかけ、すらりと開ければ。
   こちらに背を向け、正座している頭目の姿。

   「…なんだ、居るんじゃないですか。返事がないからてっきり…」

   云いながら近付いて見ると。

   「…。寝てるんかい…。」

   器用にも背筋をしゃんと伸ばし、膝に読みかけの書物も置いたまま。
   天戒は眠りの世界の住人になっていた。

   「…疲れてるんですねぇ、御屋形様…」

   ふ、と。龍斗の表情が、幼い子供を見る時のように変わる。
   慈愛に満ちた、穏やかな表情に。

   「…っと、何か羽織る物…」

   風邪でも引いてはと、辺りを見回していると。
   ピクリ、と天戒の肩が小さく揺れた。

   「…、母…う、え…?」

   「あ、目が覚めちゃいましたか?」

   「うむ…転寝をしてしまったか…。すまない、母上。」

   「いえ、俺も今来たところで
…だから。気にする事ないよ」
  
   「そうか?なら良かったが…」

   …だからなんでそんなはにかむような仕種をするのか貴方は。
   しかしそれよりも、次第に「母上」と呼ばれる事に慣れつつある
   自分が恐ろしい。

   龍斗の心中でのツッコミ&動揺など、まるで気付かない様子で。
   まぁ座れ、と、天戒は視線で促した。

   「それで、話って…?」

   早速本題に入ろうと切り出した龍斗の顔を、天戒はじっと見つめ。

   「…?天戒?俺の顔に何か…」

   ついてるのか、と云う前に。
   何故か顔を赤くした天戒は、慌てたように視線を逸らせて。

   「あ、いや…その…」

   ワザとらしく咳払いなどしつつ、云い淀んでいる。


   …なんか…アレだ。すッごいヤな予感…。


   それでも聞かぬ訳にはいくまい。
   この人は(こんなでも一応)鬼道衆の頭目で、
   自分はその組織の一員なのだから。
   何とか自分に云い聞かせ、天戒の次の言葉を待つ。

   「つまり、その…なんだ、え〜…」

   イライラ。

   「要するに、その…だな、あ〜…」

   イライライライラ。

   「い、いや、この事は、その〜…」

   イライライライライライライラ。

   「だからあれだ…え〜と…」

   「っっっだぁああぁあぁぁ!!苛々するなぁもぉこの子はあぁあぁぁ!!」

   どかっっ!!

   「どぅわあぁあ!!?」


   …あ、ヤベ。いつもの(澳継に蹴りを入れる)癖で蹴っちゃったよ。
   うっかり龍星脚で…。

 
   「は、母上、いきなり何を…ッ」 

   見事に吹っ飛んだ天戒が、体をふらつかせながら起き上がる。


   おぉ、意外と丈夫い!ならばお次は雪連掌で一気にカタを…!


   そこまで考えて、いやいやそうじゃなくてと思い留まる。
   慌てて天戒に駆け寄り、怪我がないか確認した。

   「すす、すみません…つ、ついうっかり…」

   「う、うむ。しかし俺も咄嗟に避けられぬとは、まだまだ修行が足りんな…」

   微妙にフォローになってるんだかなってないんだか分からない事を
   口走る天戒に、これまた微妙にははは…と笑い返す龍斗。
   更に微妙な空気が二人の間に流れた。


   ・・・・・・・気まずいッ・・・・・・・!!


   改めて向かい合って正座し、いざ話を戻そうとすると。
   何故かお互い、話を切り出しにくい。
   元々云い淀んでいた天戒は尚更云い出し難く、
   話を聞きに来た龍斗も、先程の二の舞になってはと聞き出せずに居る。
   二人は自分の掌に、じっとりと汗が滲むのを感じていた。

   そして何とも云い難い空気の中、時間だけがどんどん経過していくのであった…。





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