「…と、云う事が昨夜ありまして…」

   天戒との会話を、皆の前で話して聞かせた。

   「はぁ…そんなコトがあったのかい…」

   桔梗が溜息混じりに呟く。
   九桐は苦笑しながら、龍斗に云った。

   「それにしても母上、とはなぁ。まぁ確かに、若は早くに母君と死別したから…
   母親の愛がどういうものか分からないのだろうなぁ。」

   「…恐らく、『こういうものじゃないか』と、ある種、理想として持っていた母親像と
   龍斗の対応が似ていたのであろう。…困ったものだ…」

   九桐の言葉尻を受けて語った嵐王は、仮面をつけていても滲み出る
   『面倒な事になった』オーラを、龍斗にぶつけて来た。

   「…いや、俺だってまさかそんな結果になるとは思ってもいなかったから…」

   ここでいきなり、今まで(珍しく)黙って聞いていた澳継が、勢い良く立ち上がった。
   ビシィ!!と、効果音でも付きそうな勢いで、人差し指を龍斗に突きつける。

   「たんたん、てめ…」

   「こら澳継、人を指差しちゃだめだろー。」

   セリフを中断された上に呑気な事を云われ、澳継は地団太を踏みつつ頭を掻き毟った。

   「っだ―――!!何ボケボケした事ぬかしてんだ、テメェは―――!!!
   一体何てことしでかしてくれたんだよ!!!!」

   「…はぁ?何が…?」

   「だ―か―らぁ―!!御屋形様が!あの御屋形様が!!何だってお前なんかを
   『母上』呼ばわりしなくちゃならねーんだよ!!?」
 
   「…んな事、俺が知るかよ…」

   むっすりと応える龍斗に、澳継は尚も云い募る。

   「御屋形様はなぁ、鬼道衆の頭目だぞ!!?それが何でお前なんか…!!!」

   澳継にしてみれば。
   誰よりも尊敬する天戒が、自分よりも後からのこのこ入ってきた龍斗のことを
   「母上」などと呼ぶのは、あってはならない事で。
   しかし龍斗とて、不可抗力なのだ。責められるのは納得がいかない。
 
   「…いや、お前の気持ちは俺にだって分かるよ?…でもさぁ…」

   普段の温厚な龍斗からは想像も出来ない程どす黒い氣が、その身体を包み始める。
   なんとなく危険な空気を感じ取っていた他の者は、既に彼の射程距離外に身を置いていた。
   流石の澳継も、ちょっとやばいかな…などと思い、そろ〜っと後退ったその瞬間。


   ガシィ!!

   …と、目にも留まらぬ速さで、龍斗の手が澳継の頭を鷲掴んでいた。

   「…た、たんたん…?あの…」

   「俺もね、好きで呼ばれてるワケじゃないんだよ。同年代の成人男子に『母上』とか呼ばれる
   俺の身にもなって欲しいんだけどさ、その辺どうよ。なぁ、澳継君…?」

   みしみし、と。
   頭を掴む手に力が篭もる。

   …このままでは本気で殺られる。

   「わ、悪かった、オレが悪かったよたんたん!!そうだよな、好きでそんな風に
   呼ばれるやつなんかいねぇよな!!な!?」

   膨大な殺気をモロに当てられて、半泣きになりながら澳継が謝った。
 
  
 すると少しの間を置いて、龍斗の手が頭からゆっくりと離れた。
   へなへなと座り込む澳継の隣で、いつの間にか戻ってきた桔梗が軽く笑う。

   「まったく、坊やは懲りないねぇ。たーさんの逆鱗に触れたら骨も残らないよ?
   いい加減に学習おしな。」

   「う、う、うるせ――!!」

   「本当にな。結局は謝るんだから、最初から怒らせなければいいものを…。」

   やはりいつの間にか戻ってきた九桐が、ペシペシと頭を叩きながら云った。

   「うるせ――っつってんだろ――!!」

   「五月蝿いのはお主だ。」

   ピシャリと嵐王に云われ、澳継は大人しくなった。
   …まだ小声でぶつぶつ呟いてはいるが。

   「で、師匠。お前自身、そんなにそう呼ばれるのが嫌だったら、
   若に云えばいいじゃないか。そんな風に呼ばないでくれ、ってな。」

   「…まぁ、たしかにそうだねぇ。たーさんはここに来た時から、嫌な事は嫌って
   ハッキリ云ってたじゃないか。今回だって、そう云えば…」

   桔梗の言葉に他の者は頷いたが、当の龍斗は俯いたまま首を横に振った。

   「…たーさん?何だってそんな…」

   「…いよ…」

   「…なんだい?」

   「云えないよ!!だって、御屋か…あ、いや天戒の…!!」

   龍斗は幾分か涙目になりながら顔を上げた。
   一体何故、龍斗は嫌だと云えないのか。
   当人の次の言葉を、一同は静かに待った。


   「だって…だって天戒の…あんな




   
捨てられた子犬

 
   みたいな顔見せられたら、嫌だなんて云えないよ―――!!」


   うわーん!!と、泣きながら走り去る龍斗の背中を見送りながら、
   その場に居た者は一刻ほど固まっていた。






   緋勇龍斗、20歳。
   無類の犬好きであったという。



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