「兄さんッ!!」 「大将ッ!?」 「っのヤロー覚えてやがれええぇぇぇ・・・・!!」 慌てて振り返ったアルフォンスとハボック少尉が目にしたのは、 ドップラー効果を残してマンホールへと落下していくエドワードの姿だった。 語尾に派手な水音が重なり、直後に何やら喚き声が聞こえる。 恐らく、マンホールの穴の淵近くに座り、のんびりと毛繕いなどしている 白猫に対して悪態をついているのであろう。 喚きたい心境は分からないでもないが、とにかく今はそれどころではない。 「クソッ、この猫ッ・・・!!」 それでも幾分か自棄気味ではある少尉の捕手をするりと掻い潜り、 「あ、待ってよ!良い子だから大人しくしてて・・・!!」 宥めつつ縋るアルフォンスの脇を素早く通り抜け。 今日も『ハニー』は華麗に人間達を翻弄し、優雅に去っていった。 「あぁあああぁぁ!!ムカツク!!すっげムカツク!!なんだよあの猫!! 捕まえたらギッタンギッタンにしてやる――――!!!!!」 「そんな動物愛護団体から非難されそうな事大声で云わないでよ兄さん。」 「チックショーそれもこれも全部あの『キャットウォーク』の野郎のせいだ〜〜!! 明日には絶対にあの猫とっ捕まえてギャフンと云わせてやる〜〜〜!!!!!」 「…全然ボクの話聞いてないね兄さん…それでも云わせてもらうとどういう状況下においても 実際に『ギャフン』なんて声上げる人いないと思うんだけど。」 「なんでそんなところで冷静なツッコミを入れるんだ弟よ!!これはあの頂点ムカツク 盗人野郎どもに一泡吹かせてやろうという心意気をだなぁ…!!」 「つか兄さんこそそんなところだけ聞いてないでよ。」 「…心笑われる兄弟漫才は一先ず置いといて身体洗ってこいよ大将…。 臭うぞ…結構…。」 「兄弟漫才!?」 「笑われるんだ…。」 「何なら私が身体を洗ってやろうか鋼の!!」 「あぁあもう兄弟揃ってツッコミどころそこかよっつーか何気に会話に加わらんでください大佐。」 「な!私には会話に参加する権利がないとでも云うのかハボック!?」 「そんな若者の会話に加わりたいオヤジみたいな発言何とかしてくださいよ。」 「しかも鼻血出てますよ大佐。下心剥き出しですね。」 「ぐっ…!心なしか爽やかな口調の発言が胸に突き刺さるぞアルフォンス君…!!」 「…オレシャワー浴びに行って来る…。」 東方司令部執務室で繰り広げられている、一連の全く持って緊張感のない お笑いトークバトル(?)に溜息をつきつつ、書類整理をしていた中尉が エドワードに声をかけた。 「タオルと着替えは後で持っていくから。着替え、予備の軍服で構わないかしら?」 「ん、ありがとう中尉」 礼を云いつつエドワードが執務室の扉を開けると、そこには。 「確かに僕も『ギャフン』なんて声を上げる人は見たことないな〜。 でもハニーが聞きたいって云うなら云おうか?『ギャフン!!』って。ねぇ?」 変わらず厭味な薄笑いを貼り付けた、『キャットウォーク』が立っていた。 「てっめぇ!!そんな余裕ぶってられるのも今のうちだぜ!!つかハニーって云うな!! それよりなんでお前がココにいるんだよ!!!?」 普通ならば真っ先に口にするはずの疑問は、神経を逆撫でされたエドワードによって 二の次にされてしまったが、問いかけられた男はそれには答えなかった。 全身ずぶ濡れで、ちょっぴり異臭を放っているエドワードをじろじろと眺め、 愉快でたまらないといった視線を投げて寄越す。 「やぁ、ウチの『ハニー』が随分とお手数をかけたようだね。」 「わざとらしい事云うな!!余計にムカツク!!!」 扉を開けた途端に喚きだしたエドワードに、部屋の中にいた者達が何事かと覗き込んだ。 「どうしたの、エドワードく…!?」 「な…ッ『キャットウォーク』!!?」 「どうしてここに!?」 本来ならば留置場に拘束されているはずの男の出現に、まともな反応を返す一同。 しかしやはり男はその問いを綺麗に無視すると、周囲に構わずエドワードに話しかけた。 「これからシャワーかい?なんなら洗うの手伝おうか?『ハニー』が迷惑をかけたお詫びに。」 「ぐわッ、更にムカツク!!誰がお前なんかに!!」 「そうだ、手伝うのは私だ!!」 「うるせぇ黙れセクハラ大佐!!」 「ひ、ヒドイ鋼の!!」 「もう本当に黙っていてもらえませんか大佐。」 聞くに堪えないといった様子で(つまり本気で嫌そうに)顔を顰める中尉に冷たい一言を 賜った大佐は、部屋の隅っこで大人しくなった。 「貴方には質問に答えてもらいます。どうしてここにいるの?」 大佐の時よりも数倍冷ややかさを増した口調で、中尉が問いかけると。 問われた男は、やれやれと肩を竦めて答えた。 「…いや、あまりにも退屈だったもので、つい、ね。看守の方にはお休みして貰って 遊びに来てしまいましたが。」 「…ひょっとして、殺したのか…!?」 声を低くした少尉の問に、はっとした兄弟が男を睨みつける。 「まさか。少し眠って貰ってるだけですよ。直、気付くでしょう。」 何が楽しいのか、クスクスと笑いながら男は云う。 「今ここでそんな騒ぎを起こさなくても。明日になれば…結果が出るでしょう?」 す、と隙のない動きでエドワードに歩み寄ると腰を屈め、耳元で小さく囁いた。 ――もうすぐキミは、僕のものになるんだよ?―― ぞくり、と。 エドワードの背中に悪寒が走る。 反射的に、機械鎧の右腕を真横に振り抜いた。 ヒュ、と微かな音を立て、鋼の腕が男の顔を掠める。 「…っと、危ない危ない。いやいや、元気がいいねぇ。」 予想以上に素早い動きでエドワードの鉄拳を躱した男は、 汚水で色の鈍った金の髪をゆっくりと撫で。 その動きにビクリと顔を上げたエドワードは、自分ほどではないが 色素の薄い男の瞳が、奇妙な表情を湛えて自分を覗き込んでいるのを見た。 「・・・・・・!!」 ――気持ち、悪い・・・・・!! 自分の頭上で蠢くものに、足が竦んで動けなくなる。 触れられている場所からじわりじわりと、この男の狂気じみた何かが感染するかのような。 どす黒い《何か》に浸食されていくような、不快感。 得体の知れない恐怖を感じて、エドワードはギュッと堅く目を瞑った。 「いい加減にしたまえ。」 突然上がった声と共に、奇妙な重圧が遠退いて行く。 慌てて目を開けると、いつの間にかエドワードの真後ろに立っていた大佐が 『キャットウォーク』の腕を掴み上げていた。 「…、大…佐、」 喉から搾り出したかのような上ずった自分の声に、些か情けなさを感じながらも。 この時ばかりは、エドワードは素直に大佐に感謝した。 「貴様の思い通りにはいかない。明日には貴様は収容所送りになるのだからな。」 云いながら、大佐は男の腕を捻り上げる。 空いている方の手でエドワードを自分の後ろへと庇いながら。 「もう充分暇を潰しただろう?さっさと自分の部屋へ戻りたまえ。それと…」 険しい表情を一層険しくし。 「…今度鋼のに触れたら消炭にしてやる…。」 一言一言をはっきりと…しかし地を這うような低い声で、目の前の男に云った。 「ハボック!」 「はい」 「コイツを連れて行け。」 「Yes sir」 少尉に両腕を拘束された『キャットウォーク』は、それでもまだ エドワードに視線を定めたまま。 「明日、…楽しみにしているよ?」 そう云い残し、鼻歌混じりで連行されていった。 「…鋼の、早く身体を洗ってきたまえ。」 まだ呆然としているエドワードを振り返り、大佐が声をかける。 それにはっと我に返ったエドワードが、安心したように笑みを返した。 「…ん…。その、ありがとな、大佐。」 珍しく素直に礼を云うと、それが恥ずかしかったのか、慌てて顔を背けて 全力疾走でシャワー室へと逃げていった。 「…今回の大佐、珍しくカッコ良かったんじゃないですか?」 走り去る兄の背中を眺めつつ、さらりと結構酷い事を云って退けたアルフォンスに、 溜息をつきながら中尉が答えた。 「…そうね…これさえなかったらね…。」 「…はぁ…まぁ確かに…。」 振り返る二人の視線の先には、初めて自分に向けられたエドワードの笑顔と礼の言葉に、 思わず「誰かモザイクかけて!!」と叫びたくなるほど顔がだらしなく緩んでいる大佐の 姿があったという…。 |